この恋が手遅れになる前に

「慕ってくれていた奏美を手放したくない、そんなとこかな。純粋に章兄を見てくれたからね。仕事も私生活も、自分ではもう決定権はないから。唯一自由にできると思ったのが奏美だった」

目を見開いた。私の扱い方に怒りすら湧かないほど呆れる。

「そんなこと……それだけのことで……」

理解できなくて章吾さんの顔を見る。もう否定の言葉も発しない彼は諦めたような顔をして私を見返す。

「部長、もう欲しいものは戻りませんよ。私をそばに置いても何も与えられません。部長の望みを叶えようとも思いません」

章吾さんのことはとっくに過去になっているから。

「奏美、ごめんね」

章吾さんの謝罪に驚いて見つめ合った。

「振り回して悪かった」

私の言葉でやっと目が覚めたのだろう。政樹に本心を暴露され、もうプライドを保つ気も失せたのかもしれない。

章吾さんが社長の甥でなければ、上司じゃなければ、違う出会い方をしていれば、私たちはうまくいったかもしれない。でも私は他に大切な人ができた。

「章吾さんに仕事を教えてもらって、成長できたことには感謝しています。奥様の会社でのご活躍をお祈りします……」

私の言葉に章吾さんはまた笑った。その顔は今までの含みを持った顔じゃない、吹っ切れたような笑顔だった。

「さようなら奏美」

そう言って私たちの横を抜けて宴会場に戻って行った。
安心して溜め息をついた私は政樹に向き合った。

「政樹、ありがとう。なんだか私守られてばっかり」

涼平くんにも政樹にもいつもそばに居てもらっている。男性に頼りっぱなしなところは加藤さんと変わらないのではないだろうか。

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