この恋が手遅れになる前に
「お礼を言われたのに申し訳ないけど、俺がここを通ったのは偶然だから。帰るから先輩たちの相手をよろしく」
「え? 帰るの?」
「明日急に仕事になった。今から帰らないと間に合わない」
「そっか……次期社長は忙しいね」
「うるせーよ。クビにするぞ」
「さっきは俺の部下だって言って庇ってくれたのに」
心底面倒くさそうな顔をする政樹に心の中で感謝する。政樹には敵わない。同期なのに随分と先に行ってしまった。次期社長に納得しないわけがない。
「俺の部屋の鍵は涼平に預けたから好きに使えよ」
政樹がニヤニヤと私を見る。
「政樹の部屋?」
「俺は個室を取ってたんだよ」
「何で?」
「俺と同じ部屋だと他の社員が気を遣うだろ? だから個人部屋にしたんだよ。あ、宿代は俺が出してるからな」
さすが気が利く。確かに政樹と同部屋では気を遣う社員がいるのも事実だ。
「だから邪魔されないよ。涼平とご自由に」
「バカじゃないの!?」
顔を真っ赤にして怒る。
「社員旅行なんだから不純なことはしません!」
「別に不純なことをしろとは言ってない。トランプでもすればいいだろ」
意味あり気に笑う政樹に腹が立つ。
「でもすっぴんは見せないように気をつけろよ」
まるでメイクの下が醜いとでもいうような言葉に涼平くんの部屋のバスルームにメイク落としがあったことを思い出した。
「政樹が余計なことを言ったから涼平くんにすっぴんを確認されちゃったじゃない」
「あれ、もしかしてもう化粧落としたとこ見せる状況があったの?」
失言に顔を真っ赤にして「悪かったわね、中身は男で!」と足元のカバンを取って政樹に押し付けて背中を押す。