呪われ聖女、暴君皇帝の愛猫になる 溺愛されるのがお仕事って全力で逃げたいんですが?
手をつけられなかった仮宮は後宮内の中で最も装飾が地味だ。
とはいっても澄んだ泉と綺麗に整えられた庭園の景色は美しく、入宮したばかりの令嬢がリラックスできるように配慮がなされている。総じて後宮の中で最も落ち着いた場所だった。
庭園のバラの生け垣を抜ければ小道があって、その先にある小さな丘にはガゼボが設けらている。全体の景色を眺めて堪能するには打ってつけの場所だ。
掃除道具を片手にシンシアはガゼボに訪れていた。
晨風と暁雨によってガゼボ内部は葉っぱや花びらが散らばっている。この状態ではドレスの裾に落ち葉や花びらが絡まって、気持ちよく景色を眺めることはできない。
シンシアは腕を捲ると早速掃除に取り掛かった。
椅子とテーブルの上に載っている葉っぱを地面に落としてホウキでかき集める。次に井戸から汲んできた水で汚れを落としてブラシで磨く。
黙々と作業をしているとあっという間にガゼボは綺麗になった。
手の甲で額の汗を拭い、腰に手を当ててガゼボ全体を見回す。
満足のいく仕上がりになって喜ぶシンシアはガゼボの手すりに手を置くと、典麗な庭園を眺めた。樹木の葉っぱや花についた雫は太陽の光を反射してまばゆい宝石のようにキラキラと輝き、より一層幻想的で美しく引き立てている。
一頻り景色を堪能したシンシアは掃除用具を手に持つと仮宮へと踵を返した。頼まれたもう一つの仕事、玄関前の掃除に取り掛からなくてはいけない。
早足で小道を進みバラの生け垣にさしかかると、誰かの囁き声がそよ風に乗って聞こえてくる。気になったシンシアが生け垣の奥へと足を踏み入れると、そこには手のひらに話しかける少女の姿があった。