呪われ聖女、暴君皇帝の愛猫になる 溺愛されるのがお仕事って全力で逃げたいんですが?


 泉と花壇を抜け、バラの生け垣へと逃げ込む。息を殺して生け垣の間から追いかけてくるフレイアを観察する。


 ドクン――。

 突然、心臓が大きく跳ねて目眩に襲われた。荒れ狂う波に揉まれる船の中にいるような激しさに、立っていられなくなったシンシアはきつく目を閉じてその場に蹲る。

 暫くすると揺れる感覚が小刻みになってマシになった。漸く収まって目を開けると、視線が低くなっている。不思議に思って視線を落とすと、目にしたのは靴下を穿いたような白い足。後ろを振り向けば、長い尻尾が垂れている。
 再び猫の姿に戻ってしまっていた。

『ど、どうして!? 呪いは自然に解けたんじゃないの?』
 あたふたしていると、誰かに優しく身体を抱き上げられる。

「あら美人な侍女さんの代わりに猫さんですわ。あなた、ユフェ様でしょう?」

 見つかってしまった。しかし諦観するのはまだ早い。
「嗚呼、侍女さんの手助けなしではこっそり執務室まで行けそうにありません」
 フレイアは小さく息を吐くと、眉根を寄せて困り果てる。

(猫になったから私が手助けする必要はなくなった。良かった。危険を回避できそう)
 内心ほくそ笑んでいると優しく背中を撫でるフレイアが閃いたように声を上げた。

「そうですわ! ここに迷い込んでしまったあなたを届ける名目で宮殿へ行けば良いのです。こじつけではありますけれど、行く理由があれば叱られずに済みますもの」

 シンシアはギョッとした。
 とどのつまり、シンシアは二人の愛の架け橋になる運命からは逃れられないようだ。

(私をだしに使うのはやめて欲しいです。二人が一緒にいるところも見たくないし、呪いの条件が分からないんだもの。もしもイザーク様の前で人間に戻るなんてことがあれば今度こそ殺されてしまう!!)


 しかし色めき立った乙女は、善は急げとばかりに早歩きで後宮を抜け出した。

 それはあっという間だった。

(ひいぃっ! 私は後宮へ帰る、帰るんだから!!)

 シンシアはジタバタと暴れた。
 しかしどんなに足で蹴ってもフレイアはお構いなしだった。必死の抵抗も虚しく、彼女は廊下をぐいぐいと進んでいく。
 宮殿に何度も訪れたことがあるのかその足取りに迷いはない。

「中庭を通って近道をしましょう」

 声を弾ませるフレイアが廊下から外に出る。その途端、シンシアは不穏な気配を感じた。

< 158 / 219 >

この作品をシェア

pagetop