恋愛境界線
「ご存知かと思いますが、芹沢君のマンションが火事の被害に遭って住む場所に困ってると言うので、空いていた部屋を提供したまでです」
課長はあくまで淡々と、事実だけを述べていく。こんなことにまで手間取らせて申し訳ない気分になるけど、同じことを説明するにしても若宮課長が言うと妙に説得力があるというか、それが当然のことの様に聞こえるから不思議だ。
「一緒に住んでいることが事実とはいえ、上司と部下の一線を超える様な関係は一切ないので、もしその様な心配をしているのであれば、ご心配は無要です」
そうだそうだ!とばかりに、私も課長の隣で大きく頷いた。
私の予想に反して、それでも渚は納得しないらしく、得意のしつこさを見せつけてくる。
「男と女が共に寝起きして、何もないっていうんですか?」
「いや、寝る部屋は別々だし、寝る時間も起きる時間も、私と課長とじゃ違いますよね?」
課長に同意して欲しくてそう訊ねれば、そっけなく「いいから君は黙っていなさい」と窘められた。
「残念ながらというべきか、緒方君にとっては好都合というべきか、私は芹沢君を女性とは思ってないので」
えっ、じゃあ、私は何ですか!?ハムと同列のペット的な何かですか?
そう訊ねたくなったけれど、黙っていなさいと言われたばかりなので、大人しく黙っておいた。
そもそも、課長は女という生き物には興味がないんだから、むしろ私は女と認識されていた方が、課長にとっては都合が良いのでは?
逆に、私が男だったら、一夜限りの関係的な間柄になってたり……したかもしれないし。
単に、女という生き物に興味がないからこそ、私を女と認識してないってこと?あーもう……なんだか、頭が混乱してきた。