恋愛境界線
「……出て行くのは構わないけど、雨が降っているよ」
「えっ、嘘!だって、さっきまでは降ってなかったのに……」
慌てて窓の外に視線を向ければ、確かにガラス窓が雨で濡れている。
こんな雨の中、キャリーバッグを転がしながら歩きたくはないけれど、仕方がない。
「課長、傘を貸してもらっても良いですか?」
「──いればいい」
「えっ……?」
入れ歯、良い? そんなわけないか。「濡れればいい」とでも言ったのを聞き間違えただけか。
そりゃそうだよね。傘を貸したら返すために、また私と関わらなきゃいけなくなるし。
課長としては、これ以上私と極力関わりたくなんてないよね……と落ち込みそうになった矢先、課長がふーっと息を吐き出した。
「だから、ここにいればいいだろう」
「居ればいいって、雨がやむまでですか?でも、これすぐにやみそうにないですよね?」
窓ガラス越し、本格的に降り出した雨空を見上げながら、背後にいる若宮課長に問い掛ける。
「そうじゃなくて、次に住む所が決まるまで、ここに居ればいい、と言ったんだ」