恋愛境界線
オフレコだって言われたけど、こんな話を聞いて知らないフリなんて出来ない。
たった一言でいいから、お礼を言いたい。
足早に歩いた所為で乱れてしまった呼吸を、会議室のドアノブに手を掛けながら整える。
まだここに居るはずと思いながら室内を覗き込もうとして、私は思わず手を止めた。
僅かに開いていたドアの隙間から、私の名前が漏れ聞こえてきたから。
「部長代理に呼ばれて、芹沢さんのこと、庇ったって耳にしましたけど?」
「……庇ったとか、そんな大袈裟なことではないですよ。ただ、これでも一応、上司なもので」
続けて、「それにしても女性社員の皆さんは、相変わらず耳が早いんですね」と、相手に向けられた嫌味。
いつもは本当に嫌味っぽく聞こえる若宮課長のそれは、だけど、今はどこか棘々しさが欠けている気がする。
「若宮さんは、そういう所が相変わらずですね」
「そういう所、とは?」
「……以前、私の時も庇ってくれたじゃないですか。そういう所です。変わらず優しい所」