恋愛境界線
「泉とのこと……?」
私の前で支倉さんのことを口にする時には、『支倉さん』と名字で呼んでいたのに。
今日は二人きりで会っていた間中、『泉』と呼んでいたからなのか、若宮課長は私の前だというのに、支倉さんの下の名前を口にした。
瞬時に自分でも気付いたらしい若宮課長は、しまった、という風に下唇を僅かに噛んだ。
だからといって、それ以上に慌てるわけでもなく、誤魔化すでもない、そんな課長にまた一つ苛立ちが募る。
「婚約者だったことくらい、私だって知ってるんですからね!」
言葉を若宮課長に向かって投げつけると、食器の事など忘れて自分の部屋に逃げ込んだ。
バタン、と勢い良くドアを閉める。
興奮した所為か心臓が苦しい。
どうして自分はこんなにも苛立っているんだろうと思う。
だけど、本当はその答えを私はもう知っていた。