恋愛境界線

苛立ちの本当の原因は、課長が二人の関係を私に話してくれなかったからじゃない。


『さっき、顔を合わせた時の件なんだが――』


あの続きとして、『誤解しないで欲しい』とか、『本当にただの同僚として一緒に飲みに行っただけ』だとか、例え嘘でも、そんな言い訳一つ口にしなかったことが悔しかったから。


疾しい気持ちがないから口にしなかったのではなく、私に誤解されても構わないからなのだと――そんな風に思ったら、寂しくて、悲しくて、やるせなくて、だからこんなにも苛立った。


課長と一緒に行く予定だったけど、渚のせいで行けなかったあの居酒屋に、今夜支倉さんを誘ったこと。


支倉さんを『泉』と、下の名前で呼んだこと。


思い出すだけで尚も募って行く、この苛立ちの理由を私は知っている。



──私が、若宮課長を好きだからだ。



いつからかなんて判らない。


だけど、自分でも気付かない内に、疾うに、私は若宮課長のことを好きになっていたんだ。


そのことを、今、唐突に自覚した。




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