恋愛境界線
「だから、あのタイミングで指輪を受け取ることは、ただの甘えで、逃げだと思ったし、あの時の私は自分のことでいっぱいいっぱいで、そんな風にしか考えられなくて…… 」
半分も減っていないご飯を前に、支倉さんは食欲がなくなったのか、箸を静かに置いた。
「だから、受け取らなかった。若宮くんのことが本当に好きだったから、若宮くんとの結婚を逃げや甘えにしたくなかったの――」
掛ける言葉も見つからず、支倉さんの顔を見れない私は、箸を握ったまま、手前に置かれたお水が入ったコップを見つめた。
この水の様に、支倉さんの若宮課長に対する気持ちには濁りがない。
純粋に、本気で若宮課長のことが好きで、それは今も尚、少しも褪せてはいないのだ。
「結局、指輪を受け取らなかっただけじゃなく、ちゃんと若宮くんと向き合うこともしないまま。仕事の方も、自分で責任を取るという形でプロジェクトから抜けたわ」
私は若宮くんの優しさや厚意を、ことごとく踏みにじってしまったのよね、と言ってやらせない表情を滲ませた。
寂しさと後悔の入り混じった支倉さんは、頬に掛かった髪を掬って耳に掛け直すと同時に、「せっかくのランチに、こんな話をしてごめんなさい」と、気を取り直した様子で再び箸を手に取った。