恋愛境界線
驚いて目を見開いた私に、課長が鬱陶しそうに答える。
「厚かましい君のことだから、土産の一つでも買って帰らなかったら煩いと思ったんだ」
「仕事で出掛けたって知ってるんですから、いくら私でもそんなことで拗ねませんよ。多分」
『多分』なんて自分で言っている時点で、課長が帰ってきた場に居たら、確実にお土産をねだっていたと思われるけれども。
「せっかく地酒を買ってきたことだし、もし引っ越した先がうちから近ければ、飲みに来ればいいと思って」
引っ越し先を訊いてきたのには、そういう意味合いも含まれていたのか。
これがもし、単純な片思いだったのなら――支倉さんの存在がなかったのならば、素直に喜べたのに。
喜んで、課長の言葉に甘えて、課長のマンションに飲みに行くことも出来たのに。
「有難うございます。でもせっかくですから、それは支倉さんとでも飲んで下さい」
自分で、自分の言った言葉に胸が苦しくなる。
課長も課長で、それ以上は何も言わず、「判った。もう仕事に戻ろう」と告げただけだった。