恋愛境界線

そりゃあ、気配を全くと言っていいほど感じさせない人間が、自分の側に立っていれば驚きもする。


幸いだったのは、それが紙コップを自販機から取り出す前だったこと。


とりあえず深呼吸をして、乱れた心臓を落ち着かせ、取り出し口から紙コップを取り出した。


「もしかして、若宮課長も飲み物を買いに来たんですか?」


「そうだが、何か?」


「それなら、失礼にも驚いてしまったお詫びに、これをどうぞ」


取り出したばかりの紙コップに両手を添え、丁重に若宮課長へと差し出す。


「そこまでしてもらう必要はない。それよりも、早くその場を譲ってもらえる方が有難いのだが?」


私としては、これを受け取ってもらえたら有難かったのに。


だって、不幸にもコーヒーを押すつもりが、その横の《ごーやオ・レ》を押してしまっていたから。


ゴーヤをひらがな表記にすることで、可愛い雰囲気を醸し出そうとしているのかもしれないけれど、それが一層、胡散臭さを感じさせる結果に繋がっている気がしてならない。


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