恋愛境界線
若宮課長は、「あぁ。君こそ、まだ帰らないのか?」と言って、私のすぐ側で足を止めた。
「まぁ……。ちょっとこれから用事があるので、それまでここで時間を潰そうかと」
退勤時間が遅くても、残業手当ては申請を出さない限りつかない。以前までは、退勤処理をされた時間によって自動的に残業手当が付いていたらしいけど、残業代目当てにわざと残業するケースが多々あって、今はこうなったのだとか。
終業時間後に私用で残っているのは、余り良いことではないにしても、残業代が発生していない以上、そこまで細かいことは言われないはず。
そんなことを考え、時間を確認しようとしたら、紙コップとは反対の手に握っていたスマホが手から滑り、鈍い大きな音を立てて床に落ちた。
「わっ!……わっ、わわっ!」
拾おうとしてしゃがみ込もうとしたけれど、右手にはレモンティー入りの紙コップがあって。
スマホに気を取られる余りその存在を一瞬忘れていた所為で、今度はレモンティーを零しそうになってしまった。
そんな私の目の前を掠める様に、若宮課長がスッと屈みこんでスマホを拾い上げる。
「落ち着きなさい。ほら、スマホなら大丈夫みたいだから」