恋愛境界線
「あの、まだ……何か?」
「いや。緒方君が待っているんだろう?それは代わりに捨てておくから、君は早く行きなさい」
そう言って、若宮課長は私の腕をパッと放した。
「えっ?あ、はい……。それじゃあ、お言葉に甘えて。すみませんがお願いします」
課長に、くるりと背を向け歩き出す。
腕を掴まれた瞬間に高鳴った胸の鼓動が、徐々に速度を増していく。
歩き方を忘れたみたいに、もつれそうになる足を必死に動かしてその場から離れた。
どうして、今日はこんなに優しいんだろう?
ゴミを代わりに捨ててくれたり、渚とのことまで心配してくれたり。
だけど、正直なところ、渚とのことを課長には心配して欲しくなかったし、あんな風に何の前触れもなく触れられるのも困る。
やっと落ち着いた感情が、あれだけのことでも容易く揺さぶられてしまうから。
掴まれた腕の感触が消えなくて、息をするのも苦しくなる。