恋愛境界線
「待ちなさい。まさかとは思うが、その格好のままで午後の仕事に取り組むつもりじゃないだろうね?」
まさかも何も、替えのブラウスなんて持っていないし、思いっきりそのつもりなんですけど……。
「そんなに目立ちませんし、午後からは人と会う予定もないので大丈夫です!」
そう答えた途端、光の速さで「大丈夫なわけがあるか」と返ってきた。
「社内に居るからと言って、いつどこで余所の人間とすれ違うか判らないじゃないか。そして、ここにいる以上、その相手から君は我が社の人間だと認識される」
すかさず、ここまで言っても判らないか?と言いたげな視線が飛んでくる。
心なしか、周囲の視線も自分に集中している様な気がするけれど、それを確認する勇気はない。
「美を売る仕事に就いている人間なら、自分の身だしなみにももっと気を配りなさい」
課長の言うことは正しい。課長の言う通り、本当にそうだな、と思う。
「……はい。以後、気を付けます」
──だけど、それと同じくらいの勢いで、課長ももうちょっと私に心を配るべき!とも思う。
何も、こんなに大勢の人がいる社食で言わなくったって……!
課長はあくまで控えめな声量で話しているから、喋っているのが若宮課長じゃなければ誰も注意を払わなかっただろうし、モラハラと指摘するのも難しい。