恋愛境界線
どうしてここに……?
信じられない気持ちで、ゆっくりと振り仰ぐ。
幻かと疑ってしまったけれど、そこには確かに若宮課長が居て、だけど格好がいつもとは違っていた。
「……何で、女装?」
若宮課長を知る社の人間ならば、にわかには信じ難い格好に、思わず脱力しそうになる。
「煩い。君には関係がないだろう」
忌々しそうにそう言いながらも、傘を私の方へ傾けてくれている所為で若宮課長の肩は濡れている。
私にこの格好を見られるのは、不本意なはずで。
知らないフリをして通り過ぎることだって出来たはずなのに。
この人のこういう優しさが、本当に嫌になる。
こういう優しさに気付く度、嫌いになれないから――諦めの悪い自分が嫌になってしまう。
傘の柄の部分をグイッと課長の方へ押し返して、ガードパイプから立ち上がった。
「関係のない私には、構わないで下さい」