恋愛境界線
「大丈夫だと言うが、そんなびしょ濡れの状態じゃ、電車にもタクシーにも乗れないだろう?」
確かに、こんなに濡れてしまっては、電車の中で視線を浴びるのは必至で。
タクシーの場合、シートが濡れるからと、乗車拒否されてしまうかもしれない。
それでも、若宮課長の世話にだけはなりたくない。
「とりあえず、私のマンションで着替えを貸すから、帰るならそれからにしなさい」
私の腕を引いたまま歩き出した若宮課長に抵抗して、足を後ろに踏ん張る。
「嫌です……っ!だって、支倉さんが居るかもしれないじゃないですか」
「えっ、なに……?泉がどうしたって?」
雨の音と車の音に掻き消されたのか、私の声が上手く聞き取れなかったらしく、顔をこちらへと向けた。
「いや、話は後で聞くから、今は早く移動しよう。このままでは風邪をひいてしまう」
そう言われても今夜はどうしても素直に受け入れる気になれず、駄々をこねる子供の様にその場に留まろうとして、思いっきり腕を振り解いた。
その瞬間、いとも簡単に離れてしまった課長の手に、放されることを望んでいたにもかかわらず、どうしようもなく悲しくなった。