恋愛境界線
思いっきり振り解いてしまったことに茫然としながらも、一歩後退る。
次の瞬間、若宮課長にくるりと背を向け、一気に駆け出す。
走って、走って、急いで課長から少しでも離れようとしたのだけれど、僅かの距離をおかない内に再び掴まってしまった。
しかも、今度は腕じゃなくて、手をしっかりときつく掴まれる。
いい加減、逃げるのは諦めたけれど、それでも決して課長の方を振り向こうとはしない私に、焦れた課長が私の名前を呼ぶ。
芹沢君、本当にどうしたんだ?一体、何があったんだ?と。
怒りも苛立ちも一切ない、ただ気遣いだけが滲んだ声色で。静かに、そっと。
雨に濡れて冷たいはずなのに、繋がれた手から伝わる熱と私を呼ぶ声に涙腺が刺激される。
雨のせいなんかじゃなく、どんどん滲んでゆく視界に奥歯を噛みしめ、息を止める。
なんとか必死に涙を堪えようとはするけれど、こんな時に優しくされたら、どうしたって堪え続けることは不可能に近くて。
嗚咽を抑え込もうとしていた私の肩先が、後ろにいる課長にも判ってしまうくらい、上下に大きく揺れた。