恋愛境界線
私を追い掛けてくる際に落としてしまったのか、課長の手に傘はもう握られていなくて、無理やり課長の方を振り向かせられた私は、繋がれた手はそのままに、空いていたもう片方の手で課長の胸元に顔を押し付けられた。
その力強さと、鼻腔を掠める若宮課長のシトラスの匂いに、とうとう嗚咽さえ堪えることが出来なくなった。
人が見てるとか、道端だとか、そんなことは頭から消え去っていて
自分でもなにを言っているのか判らないまま、子供の様に泣きじゃくる私を、課長は黙って受け止めてくれる。
その優しさに甘える様に涙はとめどなく溢れてきて、ひたすら泣いてしまったその後のことは、正直記憶がぼんやりとしている――。
次に目を開いた時には、私の身体は深い海の底みたいな色をしたシーツの中にあった。
見覚えのある紺色のシーツとベッドカバーから、靄がかった頭で若宮課長のベッドの中であることを理解する。
だけど、どうして自分がここにいるのか思い出せないし、瞼も身体も泥の様に重くて上手く頭が回らず、いまは考える気力すらない。
それでも、ベッドから下り、ふらつく足取りでドアの方へと向かった。