恋愛境界線
「それじゃあ、お言葉に甘えて一つだけ良いですか?たまご――ケホッ」
最後まで言い切る手前で小さく咳き込んでしまった私の言葉を、若宮課長が察してくれる。
「たまご粥か?判ったから、君はもう少し寝ていなさい」
「いえ、たまご酒を……って言おうとしたんです、けど……」
今日はもう十分すぎるくらいに睡眠をとった私に向かって、若宮課長は『たまご酒だと?』と言いたげな視線を向けてきた。
けれど、一応病人だということに遠慮してか、いつもの嫌味は飛んでこない。
ただ、「まったく、君は……」とだけ言って、諦めた様子で部屋を出て行った。
それを追う様にして私もベッドから抜け出すと、「なぜ寝ていないんだ」と叱られた。
「だって、もう熱は下がりましたし……」
信じていないのか、伸びてきた若宮課長の手が私の額にそっと触れる。
私の額よりも少し温度の低い、ひんやりとした手に意識が集中する。
ドキドキを堪えながら息を止め、石像の様に固まったまま、課長の手が離れるのを待った。