恋愛境界線
私の言葉を聞いた若宮課長が、ミネラルウォーターの入ったグラスを突然手に取り、それをごくりと呷る。
静かにグラスをテーブルに置いた後の、その僅かな沈黙が心なしか重たく感じられる。
「……どうして君は、なにかというとすぐに泉のことを持ち出すんだ?」
そう訊ねてくる若宮課長の口調からは、なぜか苛立ちが伝わってきた。
けれど、私の一体なにが、若宮課長を苛立たせたというのか。すぐさま自分の発言を思い返してみても、心当たりがなくて余計に困惑してしまう。
「私は、君に泉との過去の関係を話した時以外は、今までも、今現在も、泉のことを交えた話は全くしていない。それは、君と居る時はする必要もない話題だと思うからだ」
「それは、そう、ですけど……」
私にはどうしたって、課長の言動に支倉さんの存在を無視することは出来ないのに。
課長の静かな怒りの剣幕に押されて、言いたいことも上手く言葉にならない。
さっきまで、知らなかった課長のプライベートな部分に触れることが出来て嬉しかったのに、そういう時間はいつも束の間で終わりを告げ、結局、いつもこうして課長のことを苛立たせたり、怒らせてしまったりしている気がする。
「……なんか、私と課長って火と油みたいな関係ですよね」