恋愛境界線
知らないフリをするにも、奥田さんの隣にいた若宮課長にまで気付かれてしまっては、無視することも出来ない。
仕方なく偶然を装い、あくまで自然な感じで笑顔を浮かべて二人に近寄り、「お疲れさまです」と声を掛けた。
「確か、若宮ンとこの芹沢さんだよね?いま帰り?」
「はい。お二人は、これからご一緒にどこか飲みにでも行かれるんですか?」
さり気なく探りを入れた私に、「いや、今日はもう帰るだけ」と奥田さんが答える。
奥田さんも若宮課長と同じ方角に住んでいるのかと思ったけれど、そうではないらしく、「じゃあ、俺はこっちだから」と、その場であっさりと若宮課長と別れた。
去り際、奥田さんは若宮課長の肩にポンと手を載せ、意味深な言葉を囁いた。
「気付いたのが俺だったから良かったものの、他の奴だったらどうなってたか判らないんだからさ」
──ホント、気をつけろよ?と。
言葉だけならば、それは若宮課長を気遣っている様に受け取れる。
でも、その口調にはどこか相手を揶揄する響きがあった。