恋愛境界線
若宮課長は黙り込んだまま足早に歩き続け、私が「課長!」と声を張り上げたところで歩みを止めてくれた。
「さっき、うちに着くまでの間と言ったが、もう着いたからこれで失礼するよ」
クイッと自分のマンションに視線を向けた課長が、本当にそのまま去って行こうとする。
「ひ、卑怯……っ!」
「どこが卑怯だ。家に着くまでの間、私はきちんと君の話を“聞いて”いたじゃないか」
「そんなの屁理屈じゃないですか!ただ聞いてただけで、一切答えてくれないなんて」
「屁理屈?前以って、“聞くだけで良いなら”と断っただろう?」
私を一瞥する若宮課長の表情は、いつもより険しく、もはや拒絶する様な色まで浮かんでいる。
こういう時の若宮課長に勝てる気はしないけれど、事が事だけに簡単に引き下がるわけにもいかなくて。
「課長、ちょっと待って下さい!」
そう言って掴んだ手は、やっぱりいつもより熱かった。