恋愛境界線
「えっと……、じゃあ、これを若宮課長に渡してもらっても良いですか?」
ワンピースの入った紙袋を差し出すと、彼女は黙ったままコクリと頷いた。
紙袋に向かって伸ばされた相手の右手が持ち手部分を掴み損ねて、袋がそのまま落下する。
思わず発してしまった「あっ……!」の声に、同じセリフを発した彼女の声も重なった。
それとほぼ同時に、足元で紙袋がバサリと音を立てる。
けれど今は、ワンピースが汚れなかったかどうかよりも、目の前の女性の声が気になった。
今の声……男の人の声だった様な気がするけど、気のせい……?
ハスキーボイスの女性もいるし、彼女の場合、マスクをしていることから、風邪で喉を痛めている可能性だってある。
うん、きっと気のせいだ。気にするほどのことじゃない。
そう思い直して、足元に落ちている紙袋を拾おうとしゃがみ込む。
彼女もまた、私同様に紙袋を拾おうと前屈みの体勢になっていて、ストールとカーディガンの間からは偶然にも鎖骨部分が覗き見えた。