恋愛境界線
* * *
「支倉さん、今日はもう上がれそうですか?」
「うん。後はメールを一件返信するだけだから、少しだけ待っていてもらえる?」
広報部に顔を出した私に、PCと向かい合っていた支倉さんは、ちらりとこちらに視線を向け、片手で“ごめん”のジェスチャーをした。
私と支倉さんは、あれからも表面上は以前と変わりなく付き合いが続いていて、今日は仕事帰りに二人でご飯を食べに行く約束までしていた。
「それじゃあ、私は先に一階のロビーで待ってますね」
そう言って、支倉さんのデスクの側から離れようとしたところ、誰かと肩先が軽くぶつかってしまった。
「っと、失礼……って、若宮ンとこの遥ちゃんじゃん」
「奥田さん、でしたよね?」
「そうそう、奥田さんですよー」
いつの間に私の下の名前を覚えたのだろう。
下の名前で呼ばれたことに対する微妙な嫌悪感は隠し、「お疲れさまです」と挨拶を返した。