恋愛境界線
「君こそ、私を何だと思ってるんだ?」
「上司だと認識していましたが、タクシー待ちの乗客に認識を改めるべきか迷っています」
私の下らないジョークに、若宮課長は微塵も笑うことなく華麗にスルーした。
「上司として、この間のお詫びにご飯をご馳走しようと思ってるんだが、不都合は?」
この期に及んで若宮課長と二人きりだなんて、「大いにあります」と答えたいところだ。
けれど、いつも早く帰る課長がこんな時間まで、しかも、仕事の用もないのにこんな所に居るということは、この為だけに私を待っていたのかもしれない。
いつから待っていたのか判らないにしても、今の時間帯から察するに、結構長い時間待っていたはずだ。
そう思うと、断るのも申し訳ない気がしてくる。
「えっと、じゃあ、どこか近場で軽く、なら」
──結局のところ、そんな言い訳を理由にしてまで、単純に断りたくなかっただけだけれど。