恋愛境界線

「君こそ、私を何だと思ってるんだ?」


「上司だと認識していましたが、タクシー待ちの乗客に認識を改めるべきか迷っています」


私の下らないジョークに、若宮課長は微塵も笑うことなく華麗にスルーした。


「上司として、この間のお詫びにご飯をご馳走しようと思ってるんだが、不都合は?」


この期に及んで若宮課長と二人きりだなんて、「大いにあります」と答えたいところだ。


けれど、いつも早く帰る課長がこんな時間まで、しかも、仕事の用もないのにこんな所に居るということは、この為だけに私を待っていたのかもしれない。


いつから待っていたのか判らないにしても、今の時間帯から察するに、結構長い時間待っていたはずだ。


そう思うと、断るのも申し訳ない気がしてくる。


「えっと、じゃあ、どこか近場で軽く、なら」


──結局のところ、そんな言い訳を理由にしてまで、単純に断りたくなかっただけだけれど。


< 571 / 621 >

この作品をシェア

pagetop