恋愛境界線
非常識なお願いだってことも、そのやり方が強引だってことも判ってる。
課長に言われなくても、どんな理由であれ人を脅すなんて最低だって判ってる。
だけど、
だからと言って、課長の言葉に傷つかないわけじゃない。
想像もしてなかった出来事に見舞われて、心が弱っているタイミングだから尚更、優しくしてもらえないことに悲しくなる。
「──じゃあ、目の前で困ってる人間を見捨てるのは、軽蔑に値しないんですか?」
課長の正論ともいえる言葉は、自分でも判っているだけに、今は胸にぐさりと奥深くまで突き刺さって
「困ってる部下に、少しも優しく出来ない上司は最低じゃないんですか?」
悲しい様な、苦しい様な、そんな気持ちになる。
課長が、部下のプラベートまで面倒を見る義理がないってことも、私に優しくする理由がないってことも重々判ってる。
判ってるけど、
それでも、今は若宮課長に少しくらい優しい言葉を掛けて欲しいって思うのは、単なる甘えですか?我儘ですか?
懇願というよりは、挑む様にドアスコープを見つめていた私の目の前で、ドアがカチャリと小さな音を立てた。
「君をここに置く前に、色々と話し合わなければいけないことが沢山ある。まずは、君が中に入ってからだ――」
招き入れる様に開いたドアの隙間。
そこから流れ出てくる空気の中に、ほんの少しだけ優しさが混じっている様な気がした。