恋愛境界線

初めてのキスでもないのに、それでも照れくさくて、そんな冗談混じりのセリフを吐き出した私に、若宮課長は冗談なんて微塵も感じさせない口調で返してきた。


「いや、芹沢君の顔を見ていたら、何となく」


まだ食べてないけど判る。デザートのケーキなんて比じゃないくらい、課長の方が甘い。


仕事の時には今までと全然変わりがないだけに、こんなのはずるい、と思う。


悔しさのと恥ずかしさでどんな表情をすればいいのか迷っていると、ふっと笑って、課長がするりと離れた。


「さて、ケーキはどうする?もう食べる?」


気付いたら、無意識に若宮課長のシャツの裾を掴んでいた。


「後からで、いいです……」


「そう?でも、君の帰る時間があまり遅くなると心配だから」


もう少ししたら食べて、その後駅まで送って行くという若宮課長に、「大丈夫です」と伝える。


「えっと、遅くなっても大丈夫って意味じゃなくて、その、帰らなくてもって意味、なんです、けど……」


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