廓の華


 私らしくない。

 一度座敷に入ればなにがあっても心を乱さないし、慣れているはずなのに。

 久遠さまの前でだけは、自分が自分でなくなるようで、怖くなる。この気持ちはなに?


「綺麗だな」


 指とともに筆が離れ、目の前に穏やかな表情が見えた。愛しげに目を細められ、見惚れられていると勘違いしそうになる。

 手鏡には、紅に色づく形の良い唇が映っていた。

 安物とは比べ物にならない艶だ。


「嬉しいです……本当に素敵。久遠さまは手先が器用ですね」

「女性に紅をひいたのなんて初めてだよ。とてもよく似合ってる」


 彼にもらった紅を彼の手でひいてもらって、美しくなれる。それが、なぜだか今までの贈り物よりもずっと特別なものに思えた。

 手鏡の中の自分を眺めていると、頭上から甘い声が降る。


「君は、男が紅を贈る意味を知っているか?」


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