廓の華

 しかし、揚屋に着いて、いつもと違うことが分かった。普段よりも騒がしく、人だかりができている。

 喧騒に紛れて駆けつける人の中には、町医者の縹さんや、奉行所の役人である蘇芳さんの姿もあった。


「縹さん、一体なんの騒ぎ?」

「あぁ、どうやら遊女と客が揉めてるらしい。噂の坂間(さかま)屋の旦那だよ」


 縹さんが眉を寄せて答えた。

 話では、お菊という遊女に入れ込み、馴染み客となっていた呉服屋を営む坂間屋の主人が原因らしい。

 坂間屋の主人はお菊を身請けしようと申し出たが、お菊には真に惚れている情男(いろ)がおり、こっぴどく振られてしまったそうだ。

 公衆の面前で恥をかかされた坂間屋の主人は怒りがおさまらず、代わりに入った遊女や揚屋の番頭に当たり散らしている。

 身請けを断るなんて、相当なことだ。

 遊郭から抜け出せる機会を自ら手放し、愛に走るだなんて考えられない。

 ただ、少しだけお菊が羨ましく思えた。

 そこまでできる情男と、この地獄で運命的な出会いをしたなんて。

 流行り病で借金も返せずに死んでいく遊女も多い中、とても贅沢な選択である。

< 29 / 107 >

この作品をシェア

pagetop