廓の華

「きゃあっ」


 その時、揚屋から悲鳴が聞こえた。見ると、坂間屋の主人が小さな刀を手にしている。

 遊郭では、見世に入る際に武器を楼主に預ける仕組みとなっていた。どうやら、キセルを模した隠し刀のようだ。初めから心中でもするつもりだったのか。

 蘇芳さんが、事の重大さを素早く判断して駆け出す。

 しかし、坂間屋の主人を止めたのは、揚屋に控えていた客のひとりだった。


「頭を冷やせ」


 野次馬が、しんと静まり返るほどの低い声。

 激昂する男の肩を掴んでいるのは久遠さまだ。

 久しぶりの再会に心躍る前に、初めて見る怖い表情に身体が硬直する。


「なんだ、おめぇ! 部外者は引っ込んでろ!」

「揚屋の芸者たちが怯えている。刀を捨てろ」

「指図をするな! 俺は本気だ! ぶっ殺すぞ!」


 血の気が引いた。

 今すぐにでも、久遠さまを危険な男から引き剥がしたかった。だが、心配をよそに、久遠さまの表情は怯えも怒りもしない。

 肩から手を離して間合いをとった彼の動きに視線が釘付けになる。


「これを借りても?」


 久遠さまが指さしたのは、折れた竹ぼうきの柄だった。粗大塵として処分しようと店先に出していたらしい。

 揚屋の番頭が戸惑いの中頷くと、流れるように柄を握って軽く振り、手に馴染ませている。

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