廓の華
それは、まばたきする間もない一瞬だった。
力づくで止める気なのだと察した坂間屋の主人が、さらに怒りで顔を真っ赤にして刀を向けたが、なんなく軌道をかわした久遠さまは、低い姿勢で相手の背にまわって、首の後ろに強く一撃を入れたのだ。
鈍い音とともに「かはっ」と苦しそうな声が聞こえ、次の瞬間には男は地面に倒れていた。久遠さまは小さく息を吐いて、涼しい顔で見下ろしている。
「し、死んだのか」
「いいえ。気を失っているだけです。刀を回収して、岡っ引きに渡してください」
動かない坂間屋の主人を恐々と覗き込む番頭に、久遠さまは冷静に答えた。
すると、静まり返っていた野次馬たちが、わっと盛り上がる。
「すげぇな、兄ちゃん! 何者だ、あんた!」
「かっこいいわぁ。速くて、なにが起きたのかわからなかった!」
ただの竹ぼうきの柄が、本物の刀に見えた。確実に首裏を狙って打ち込んだのだということが、素人の私でもわかるほど綺麗な太刀筋だ。
もともと座敷で隣に座る彼しか知らなかったが、ますます久遠さまがわからなくなる。
「牡丹」
顔を上げると、困ったように眉を寄せる久遠さまが見えた。
「すまない。少し騒ぎになってしまった。早く行こう」
さっきまでの怖い表情とは別人の彼に、戸惑いながらも頷く。
「ん? まさか、その美形な兄ちゃんが噂のカタブツかい!?」
にわかに信じがたいといった様子で声を上げた縹さんに久遠さまが首を傾げたところで、私は慌てて久遠さまに腕を絡め、かすみやへ引っ張った。
そんな様子を、蘇芳さんは真剣な表情で見つめていた。