廓の華

 遊郭から逃げても、役人に見つかって連れ戻される人や、行き場がなくなって情男とともに心中する人もいる。

 結局この世界に足を踏み入れた時点で、幸せな未来などないのだ。


「牡丹には、身請けの申し出はないのか?」


 尋ねられて、言葉が詰まった。

 実は、私には長い間馴染み客として大金を払い続けている大商人がいる。島根(しまね)屋という問屋の大旦那であり、妻がありながら隠れて遊郭に通う色狂いだ。

 まだ、約束の言葉はないものの、自分好みに飾り立てる着物をいくつも呉服屋に頼んであるだとか、愛人を迎え入れるための別邸を建てるだとか、夢物語を語っている。


「いえ、私には身請けをしてくださる殿方はおりません」


 心に引っかかりながらもそう答えると、酒をあおった彼は目を細めて甘い声でつぶやいた。


「よかった。誰かの女になる予定がないなら、もう少し俺が独り占めしても許されるな」


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