廓の華
櫛の箱を持つ私の手を、久遠さまの男らしい手が包んだ。突然の触れ合いに言葉が出ない。
「俺はね、きっと、牡丹の想像するような人間ではないよ。なにも聞かない君に甘えているし、姿を消しても咎められない関係を維持している」
包み込む手に力が込められた。ひだまりのような体温がじんわりと指に移っていく。
「でも、今見せている俺も、確かな俺の一部だ。むしろ君の前にいる間だけ、俺は俺でいられる」
たぶん、『どういう意味ですか?』と尋ねても、品のある笑みでかわされてしまうのだろう。久遠さまの言葉は、いつも私には難しい。
私といる間だけ、唯一素でいられるということか? そうだとしたら、嬉しさのあまり泣いてしまうかもしれない。
私だって、久遠さまの前でしか気を抜けない。花魁という身分を忘れて、純粋な想いだけで側にいれる。このひとときがなによりも幸せだ。
「そろそろ寝ようか。病み上がりに、この酒は強すぎるだろう」