廓の華
薄い唇はすぐに離れ、久遠さまの親指がつぅっと私の濡れた唇をなぞった。
「とれたな」
まつ毛の長い漆黒の目が、至近距離で私を映している。『満足したか?』と言わんばかりだ。
恥ずかしい。顔から火が出るほど。
こちらが精一杯誘っているのをわかっていて、あえて口づけで応えたのだ。『一緒に眠るだけ』という宣言を守っている。
そもそも抱く気が無かったのだろうが、不眠で病み上がりな私の身体を気づかっていると伝わってきた。
やはりこの人は少し意地悪だ。私だけが振り回されている。
行灯の光が消えた部屋で、ふたりの心音が混ざり合う。やがて、こちらの緊張をよそに、気持ちよさそうな寝息が聞こえはじめた。
また、私を残して眠るんだ。どんなときも彼は一歩先にいて、追いかける羽目になってしまう。
普段は見せない無防備な寝顔が可愛らしく見える。一度好きだと気づいたら、恋心は止まらないらしい。どんな姿も愛しくてたまらない。
目を閉じると、彼の温もりをより実感する。久遠さまの体温は心地よくて、いつしか深い眠りへと落ちていった。