廓の華
酒を酌み交わして、他愛のない話をして、お互い背を向けて眠る。それが当たり前で、久遠さまは自分のことを一切口にしない不思議な人だった。遊郭に来たのにもかかわらず、接待も夜伽も必要ないと言う。
初めて私を花魁ではなくひとりの女性として見てくれた。
穏やかで温かい微笑を浮かべ、楽しそうに酒を嗜んでいると思えば、酔っ払いを竹ぼうきの柄でしずめたり、高級な贈り物をぽんと見繕ってくれる。
女性に興味がない淡白な性格と思いきや、腰が砕けるほど気持ちいい口づけと包容力のある仕草で翻弄して、甘い台詞で心を揺さぶってきた。
知れば知るほど新しい一面が見えて惹かれていく。気づけば後戻りできないところまで来ている。
出会ってから一度も愛を告白されたことはない。愛しい存在としてみてくれているのかわからないままだ。願ってもよいのなら、本当の気持ちを教えてほしかった。
でも、口だけの愛は必要ないんだ。いつまでも一緒にいようとささやかれるより、決められた人生から逃げる〝共犯者〟のほうが、ずっと繋がりが強い気がした。
はやく共犯者になりたい。
この選択に後悔はない。朝日が昇る前に後を追う。
上手く遊郭の番所の役人に気づかれず町を出られたら、本物の恋人のように手を繋いで、いろんな場所を巡るんだ。
地方で見た景色を共有して、少しずつ彼の心に近づきたい。そしていつか、素の久遠さまの話を聞かせてほしい。ふたりの未来に思いを馳せる。
心地よい気だるさに包まれながら、ひとり、幸せな夜の余韻に浸った。