廓の華


「久遠さま!」


 大声でその名を呼んでいた。荷物を包んだ風呂敷をその場に落としたことも気にせず、突き動かされる思いのまま駆け出す。

 なぜ屋敷が燃えているのか? そんな疑問は頭から飛んでいた。

 約束の場所で待つと言っていた彼はひとりで中にいるはずだ。火事に巻き込まれたのか? 逃げ遅れていたら命が危ない。

 自身の身の危険もかえりみず屋敷に飛び込む。

 焼けるような熱風が頬を撫でた。かろうじて廊下は通れそうなものの、一面が炎の海でぞっとする。


「久遠さま! 久遠さま、どこ?」


 呼びかけに返事はない。あらゆる障子を開けて煙を外へ出そうにも、熱くて触ることさえできなかった。

 庭には井戸もなく、水路に戻っている時間はない。消火のための水をひとりで運ぶのは無謀である。せめて久遠さまが見つかれば、肩を貸して助けられるかもしれない。


「けほっ、こほっ!」


 煙のせいで喉が痛い。呼びかけたいのに、声が出なくなっていく。

 息が苦しい。

 顔を上げたとき、広間に続く襖の奥に人影が見えた気がした。その影は畳に倒れていて、漆黒の羽織を着ている。

 呼吸が止まった。


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