廓の華
隣からはなんの返事もなかった。少しだけ、繋がった手が震えた気がする。
どうしたんだろう。
いつまでも歩きだそうとしないのを不思議に思っていると、低い声が耳に届く。
「……〝すまない〟」
「え?」
「いや、なんでもないんだ。行こうか」
その手はいつもと変わらなかった。温かくて優しくて、硬い竹刀ダコの感触がする。ほっと心が安らいだ。
久遠さまが手を引いて、どこへでも連れて行ってくれる。
視界が真っ暗でも構わない。まぶたの裏に鮮明に思い出せるの。憂いを帯びた微笑も、無邪気な顔も、色気のある黒い瞳も、濡れたような漆黒の髪も。
まるで幻想を追うように足を踏み出す。
ありがとう、久遠さま。貴方に会えて本当によかった。
花街を出ても地獄しか待っていないはずの人生が、信じられないほど幸せなものになった。
ずっとこの手を離さない。
今までもこれからも、久遠さまは私にとって、常闇の中の唯一の光だ。
ー『廓の華』完ー
『朧の月』へ続く