ベランダでキスする関係の名前は?
「ありがとう。今日は楽しかった。」
「あぁ、俺も。甘いもの食べれて満足。」
ゴミ出し目的で一歩外に出た時だった。
(美鈴と…あれは…)
なんとなく覚えている。幼い頃、散々美鈴をいじめて揶揄っていた男。
(なんで、2人が一緒に帰ってきてるんだ…?)
心がざわついた。振った人間が、とかじゃなくて幼馴染として、兄として…。
問いただしたくて仕方がない。
「っ…大ちゃん…」
美鈴が俺に気づく。持っていたゴミ袋を玄関の石畳の上に置き、近寄った。
「……晩御飯は?」
「…………今日はいらない。」
「そっか。」
『なんで2人でいる?』
『どうして晩御飯いらないんだ?』
『てか、そいつとどういう関係?』
『連絡の一つくらいしてくれても良いだろ。』
言いたい言葉の一つ一つが脳裏に浮かぶ。けれど、何よりも、自分が伝えたい言葉は…。
「……心配した…」
また兄貴みたいだとか言われて怒られるだろうか。親みたいだとか言われて距離を置かれるだろうか。
それとも、振ったくせに心配するなって拒絶されるだろうか。
ぐるぐる脳内で悩んでいると…。
「ごめん。連絡しなくて。今度からはちゃんとするね。」
こんな風に、見えない壁に憚(はばか)れるなら…。
いや、違う。振ったことを後悔する資格なんて俺にはない。
「ああ。」
俺が一言返すと、美鈴は自宅の玄関のドアノブに手をかけた。
「智樹、送ってくれてありがとう。また明日学校でね!」
「おう。こちらこそ今日はありがとう。また行こ。」
「うん!じゃーね!」
笑顔で同級生の男に手を振って、美鈴はドアの向こうへと消えていく。
それから数秒、思考回路がショートしていた俺に…。
「大輝先輩。」
「……えっと…」
「真島智樹って言います。昔、美鈴いじめてて大輝先輩に怒られてた未熟者です。」
ヘラッと笑って、俺の前へとゆっくり歩いて寄ってくる。
記憶は正しかった。
美鈴のことを『ずんだ餅』と呼んで意地悪していた2つ下の男。
「……真島くんは今日、美鈴とご飯でも食べてきたの?」
なにを訊いているんだろうか。
訊いても仕方がないことなのに。
「スイーツバイキングに行ってきました。振られたからやけ食いしたいって言うんで。」
「そっか。今は仲良いの?」
「さぁ、どうでしょうね。」
見るからに仲良さそうに見えた。笑顔で手を振っていたし、声も明るかった。
「……今、仲良いか悪いかよりも…。」
「?」
「これから時間かけてじっくり俺のこと好きにさせる予定です。」
あー。そういうことか。
「……美鈴を泣かせるようなことしたら…」
「振った先輩には関係ないですよね?」
「………そうだな。口出せる立場じゃないのは重々承知してる。」
承知していても、幼馴染だし、家族も同然だし。
言い訳を心中で並べる俺は本当にズルい人間だ。
「今、先輩のこと好きでも明日はどうなってるかわからないですよね。明後日、明々後日、半年後、来年…。」
「………」
「俺、頑張るので、応援していてください」
何も言えなかった。
言うだけ言って、真島は頭を下げて帰っていく。
(……かっこわる…)
口を出す資格はない。
ないのに、心の奥がさっきから…
変にざわつくのは何でだろう。