眼鏡王国記 ~グラッシーズの女神~
が、なにも起こらない。
「ブリザード! チチンプイプイ! アバダケダブラ! ハムナプトラ! ジョニデ! ジョニデ! ジョニーーデッーープ!」
……やっぱり、なにも起こらなかった。
「無理です!」
「諦めんの早っ!」
「仕様がないじゃないですか! 呪文なんてすぐに思い浮かびませんよ!」
「チッ! 仕方ねえ。しばらくの間、騎士団で敵を押さえる。その隙に2人は神具の力を解放してくれ!」
「分かりました」
ファウストはルシウスに同意を求めると、指揮官らしくすばやく騎士団に命令を下していく。
そして隊列が整うと、綾乃を丘の頂上部分、斜面スレスレに呼び寄せた。
「綾乃! 騎士団に突撃の命令を出してくれ」
「ええっ!? あたしがっ!?」
「俺が出すより、神具の使い手であるお前が号令をかけた方が士気が上がる」
「確かにそれは一理あります。少しでも前線を維持する為です。お願い致します」
言いながら、綾乃を挟むようにルシウスも並び立った。
綾乃はいつの間にか真剣な眼差しで敵軍を見据える眼鏡のイケメン2人に断る理由が見つからず、渋々承諾することにした。
元より敵軍がすぐそこまで迫っている以上、死なないためにもやれることはやるしかないのだが……。
「じゃ、じゃあいきますよ」
眼下では、すでに敵の先頭が丘を登り初めていた。
醜悪な魔物たちの荒い息遣いが、聞こえてきそうで身震いする。
(うう……こわい)
背の低い綾乃はみんなから見えるよう背伸びしながら手を高々と掲げ、色とりどりの眼鏡をかけた完全武装の騎士団を改めて見回す。
(みんな強そうだ。きっと、大丈夫……。眼鏡は正義、眼鏡は正義!)
そして、気を取り直すと勢いよく手を振り下ろしながら大きく口を開いた。
「と、ととと、突撃ぃぃーー! してください」
間の抜けた、だがよく通る声が辺りにこだまする。
「「「オーッ!」」」
それを合図に騎士団は剣を掲げ突撃を開始した。
綾乃はぐっと唇を噛みしめ、我知らず隣に並ぶルシウスとファウストの手を強く握りしめていた。
「フッ。戦は初めてか……。大丈夫だ。眼鏡騎士団は大陸最強だ!」
綾乃の不安に気づいたのかファウストはぎゅっと手を握り返し、
「さ~て、俺も暴れてくる。頼んだぞ綾乃、ルシウス!」
と、軽いノリで坂を駆け下りていく。
そして、
「す、凄い!」
剣を抜き放つと、目にも止まらぬ早さで敵を倒しはじめた。
圧倒的多数の敵を、怯まず押し返す騎士団もさることながら、その中でもファウストの強さは抜きんでいた。
剣の一突きで、2、3体の魔物を一度に屠り、強そうな大柄な怪物も上段からの一振りで、一刀両断にしていく。
まさに騎士隊長の名に恥じない活躍ぶりだった。