眼鏡王国記 ~グラッシーズの女神~
エピローグ
──そこは純白の世界だった。
物質、と呼べるものはなにもなく、左右の方向感覚すらない。自分の存在さえ不確かな、ただの真っ白だ。
その中での唯一の例外は。
「……ホスト、さん?」
綾乃は、いつの間にか目の前でうっすらと浮かぶそれに声をかけていた。
「お疲れさまです。おかげさまで帝国軍は壊滅しました」
それは、フリマにいた白スーツの男性だった。
「あたし、力をちゃんと解放できたんですね」
「はい」
彼は屈託のない顔で微笑むと、綾乃の目元からそっとアーラエをはずした。
「それ……、それを使ってホストさんが私をあの世界へ飛ばしたんですか?」
誰に教えられた訳でもない。が、綾乃はホストの顔を見た瞬間にすべてを理解できた気がしていた。
「そうです。まあ、正確には、私の創ったアーラエがあなたを彼の地へ誘ったのですが」
「あなたは神様かなにかなのですか」
「彼の地で眼鏡神をしております」
「眼鏡の神様……。でも、眼鏡かけてませんよね?」
「これは異なことを。私が眼鏡をかけてしまったら、眼鏡が眼鏡をかけることになってしまいます」
「ああ、なるほど────それで、どうして神様が?」
「このアーラエは、心から眼鏡を愛するものにのみ力を貸し与えます。その力を使い眼鏡人たちを救ってくれる方を、私は探していました」
「それであたし?」
「もっとも、綾乃さんが眼鏡好きすぎてそれがうれしかったのか、私が説明する前に、彼の地の召喚の儀式の力を借りたアーラエが先走ってしまいましたが」
ホスト改め眼鏡神はアーラエを咎めるようにちょこんと指でつつく。
「そういうことだったんですね」
突拍子もない話ではある。しかし、神を名乗る物の神々しさからくる説得力なのか、綾乃はそれをすんなりと受け入れられた。
振り返れば夢であった気もしないでもない、というのも大きかったかもしれない。夢ならなんだってありなのだから。
「それで、あたしは元の世界へ帰るんですね」
痛い思いもしたが、眼鏡萌えの綾乃にとって、眼鏡王国にいけたことはとても楽しい出来事だった。
できればもう少し、王国やあの世界のことを知りたかった。
ファウストやルシウスにお別れも言いたかった。だが、夢はいつか醒めるもの。
綾乃は僅かに微笑むと眼鏡神を見つめた。。
────しかし。
「すべてが終わればアーラエが送り届けてくれます」
「すべて?」
「では、私の民をよろしくお願いしますよ」
「え!? ちょっ──」
眼鏡神はそう言って、お決まりのマダム悩殺スマイルを見せると、アーリエを綾乃の目元にそっと戻したのだった。