眼鏡王国記 ~グラッシーズの女神~
眼鏡王国。
大陸の西に位置し、海と山に囲まれ比較的温暖な気候に恵まれた第2代眼鏡王が統治する眼鏡をかけたもののみが暮らす新興国家。
「うわ~、すご~い!」
表へ出ると目の前には中世ヨーロッパ風の街並。
そこを、16世紀の絵画から抜け出たような服装の人々が行き交っている。
綾乃は2人の男性、銀縁の宮廷魔術師ルシウスと黒縁の騎士隊長ファウストに伴われ召喚された王宮に隣接する街へと出ていた。国の大まかな説明は移動中、ルシウスが聞かせてくれた。
「まさか、こんな国が、こんな世界があったなんて……。夢みたい!」
めがね、メガネ、眼鏡……。
目に映る人、大人も子供も男性も女性も、そのすべてが眼鏡をかけている。
色も黄色や緑、ピンクに紫と多色で、フレームの形もスクエア型、オーバル型、レイバンのサングラスのようなオート型まである。
(眼鏡率100パーセントだ!)
「天国ですかっ!」
「我々にとっては唯一の安住の地です」
浮かれる綾乃の隣にそっとルシウスが並ぶ。
「唯一?」
「はい。四方を敵に囲まれています故」
「四方って……、そんなに大変なんですか」
「生身の肉体とは別の物質である眼鏡を以て生まれる我々は──」
「ちょ、ちょっと待って! 眼鏡って買うんじゃなくて、一緒に生まれてくるんですか!?」
「おかしいですか?」
「いえ、あの……」
あまりにも突飛な話ではある。普通ならそこで質疑応答がはじまるところである。
だが、
「それって、まさに眼鏡と一心同体ってことですよね」
「はい。生ま落ちた時から死ぬまで」
「カッコイイ!!」
綾乃の眼鏡好きは並ではないのであった。
その反応に僅かに微笑むと、ルシウスは語り出した。
初代眼鏡王が大陸中で迫害を受ける眼鏡を持つ人々、所謂眼鏡人をまとめこの地に国を興したのがおよそ50年前。古代の城を改築し軍をつくり他国に対抗することに成功した。
しかし、それからも小競り合いは続き、つい先日ついに、呪われた眼鏡人は滅ぼすべきという教えを第一に掲げるラーガン教を国教に据えるラーガン帝国が建国戦争以来の大規模な軍を興したのだった。
国力で数段劣る眼鏡王国は劣勢を強いられ、宮廷魔術師であるルシウスは騎士隊長のファウストと共に起死回生の策として、絶大な力を持つと言われる神々の創造物、【神具】を召喚することにしたのだった。
「それで、あたしが一緒にくっついてきちゃったってことですか……」
ようやく状況を理解した綾乃は、きっかけとなった眼鏡をはずしマジマジと見つめる。
そして、
「それにしても」
キュッと唇を尖らせ眉間に皺を寄せた。
「そのラーガン教とか帝国って非道すぎませんか! 滅ぼせだなんて! 眼鏡をなんだと思ってるんですか! 眼鏡をっ! 眼鏡は正義ですよ!」
よほど頭にきたのか「信じられない!」とぴょんぴょん飛び跳ねて抗議する。
と、そこへ──。
「ファウスト様!」
王城から一人の騎士が駆けてくるのが見えた。
「て、敵軍がアルス平原に現れました!」
まだ、だいぶ距離はあるがよほど慌てているのだろう、大声で叫んでいる。
「チッ、もうきやがったか」
一歩後ろにいたファウストはそれを聞くと舌打ちして、
「綾乃、事情は分かっただろう。力を貸してくれ!」
と、振り返り綾乃の手をサッと取った。
「眼鏡は正義……。いい言葉ですね」
さらに、もう一方の手を、ルシウスがそっと握りしめた。
「へっ!? ルシウス! ファウスト!」
そして、綾乃は……。
返事をする間もなく、捕らわれた宇宙人のように2人に連れ去られるのだった。