特別な日の幸せ
ある日の昼休み。
「石川さんの弁当って、いつもおいしそうですよね」
自席で広げた弁当を、隣の席の後輩、最上が覗き込む。最上はコンビニ弁当らしい。
「奥さんの手作りですよね?」
「まだ奥さんじゃない」
この弁当を作ったのは、一緒に住んでいる婚約中の彼女だ。
最上の言う『奥さん』は彼女のことだけど、結婚するのは来月だ。まだ『奥さん』ではない。
「もうすぐ奥さんになるんだからいいじゃないですか。あ、じゃあ実希さん」
「気安く呼ぶな」
会ったこともないくせに。
俺から無理矢理聞き出した彼女の名前を、まるで友達のように呼ぶ。
もっとも、彼女の方も同じようにこいつのことを『最上さん』と呼んでいるので、ある意味おあいこなんだけど。
「いいなあ、独り身にはキツいっすよ、そのおいしそうな弁当は。卵焼きとかめっちゃおいしそう」
そう言って、最上は卵焼きをひとかけら奪っていった。
「おい」
「あ、ネギとツナ入ってる。おいしいですよ、これ」
知ってる。朝飯を少し多めに作って弁当に入れたんだ。形は整えてない。
メインの春巻は冷凍食品で、ほうれん草の白和えは昨日の夕飯に食べたのと同じものだ。隙間を埋めるために入ってるのは、洗うだけで済むミニトマト。きゅうりの浅漬けは2日前に漬けていた。
全部、俺が好きなおかずだ。
最近忙しくて、昼飯を買いに行く時間がない。
何気ない雑談の中でそう言った次の日、朝飯の横に巾着袋が置いてあった。
「急だからお弁当は無理だったけど、おにぎり作ったよ」
コートを着ながら彼女は言った。
「明日からは、お弁当にするから。いらない日は前の日までに教えて」
言いながら、パタパタと玄関へ向かう。
「じゃ、いってきまーす」
返事も聞かずに、ドアは閉まった。
嬉しくて、動けなかった。
次の日から、彼女は10分早く起きて、弁当を作ってくれている。
気張ることなく、前日の残りとか、冷凍食品や作り置きを使って。
「手抜きでごめんね」と言いながら、毎日。
残したことは、一度もない。
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