皇帝陛下、今宵あなたを殺害いたします―復讐するのに溺愛しないでください―【コミカライズ原作】
「ちょっと待って、兄さん」
私はストップかけながら、シチューのついたスプーンを近くにあった布巾で拭いた。
「それは前々から決まってたの? ずっと『俺が行くから大丈夫』とか言ってたじゃない」
指摘した途端、ビスクドールのような面立ちが、申し訳なさそうに歪む。
「本当であれば休暇をもらう予定だったんだが⋯⋯急遽、騎士団長のカルムさんが任務で隣国に遠征することになったんだ。ならば副団長の俺が行かないわけにはいかないし」
「にしても、急すぎよ」
「今朝決まったんだ。それに、頼めるのはアイリスしかいないだろ⋯⋯」
それを受けた私は「ゔっ」と反論を飲み込む。
幼い頃から騎士に憧れ16歳から入隊した兄さんは、今では優れた剣術とリーダーシップで、仲間を引っ張っていく存在でもある。
そしてここは、城下町の騎士団宿舎の敷地内。
幼い頃に母を、十年前に父までもを失った私たちは、その一角にある小さな古民家で身を寄せ合うように暮らしてきた。つまり、彼の言う『私にしか頼めない』というのは、私たちがふたりきりの家族だからだ。
だとしても、『舞踏会にいけるか』と聞かれたら、私にしてみれば、それほど困るものは無かった。
「――悪いけど、二度と城には行かないって言ってあるはずよ」