皇帝陛下、今宵あなたを殺害いたします―復讐するのに溺愛しないでください―【コミカライズ原作】
「ハリス先生! ちょっといいですか!」
「では、アイリスさま、失礼いたします。もう調べることもないでしょうから、早めにお休みください」
そう、気遣うと、ハリス先生は、すぐさま団員に続いて書庫を走り去って行ってしまった。
“調べることはない”ね。
色んなことが気になるけれども、私はひとまず、言われたとおり私室へと戻ることにした。
「ルイナードの友達ねぇ⋯⋯」
城の渡り廊下を歩みながら、さっきまでの出来事を脳内でまとめる。
カルテに記載されていたのは、ここ近年のルイナードの診察記録だった。
残念なことに、傷跡については、一切記されていることはなく、何ら常人と変わりない結果だったけれど⋯⋯。
ひとつだけ引っかかることがあった。
それは、ルイナードは診察の度に、“眼”の検査を受けているということ。その結果はヴァルフィエ語ではなく、異国の文字のような暗号で綴られていた。
なんでわざわざ読みにくくする必要があるの? それに、目の検査なんてそんな頻繁に行うものではない。
もちろん私に解読できるはずもなく、胸には引っかかりしか残っていない。
おろそらく、宮中医師である先生は契約上のため、全てを知っている。入浸る私を心配して、ヒントを与えにきてくれたんだろうけど。
あのカルテの検査結果が、どう“事件”に結びつくんだろう⋯⋯?
余計に頭の中は混乱するだけだった。
ルイナードの抱える“真実”にたどり着くには、やっぱり彼の決意を待つしか無いのだろうか。
踊り場にある、格子付きの窓の前で、心を占めて止まない人物が目に入り、自然と足が止まる。
「ルイナード⋯⋯」
漆黒の軍服。ピンと伸びた背筋。シャープで広い背中。通った鼻筋に。キラキラとなびく漆黒の髪。
颯爽と園庭を大股で歩くルイナードと、その後ろを走るようについて歩くクロードさんの姿だ。
ハリス先生からヒントはもらえたけど、肝心な事はヴェールに包まれたまま。
「あまり、待たせないでよ⋯⋯」
ふと口からこぼれてしまった。
彼の心を蝕むものは、何なのだろう。