皇帝陛下、今宵あなたを殺害いたします―復讐するのに溺愛しないでください―【コミカライズ原作】
「だから、あの日、傷ついているアイリスを見て、騙したんだ」
マーシーの言う“あの日”。
おそらくそれは、私との兄さんが、クロードさんの配慮によって、騎士団宿舎の敷地内にある、古民家に住み始めて間もないときのことだろう。
周囲に顔の効く彼は、すんなりと私の居場所を知りあて、数日後には部屋に籠もっていた私のもとを訪れた。
『アイリス⋯⋯』
その時の私はとてもひどかったと思う。まるで、中身の入っていない、空っぽの人形だった。
『ぜんぶ、レイニーから聞いたよ。かわいそうに』
マーシーだけではない。街中がみんな知っていた。
反皇帝組織が城内奇襲したことも。お父さまが殺されたことも。そして、私たちが婚約破棄したことも。
全てから耳を塞ぎ目をそらしたかった。
『ルイナードのことは、もう、思い出さないほうがいい』
『僕はルイナードみたいに、アイリスを裏切らないよ。ずっと、ずっと、君のそばにいるから――』
耳元で紡がれる魔法のような、言葉。
その腕の中で、一度止まったはずの涙が再び溢れ、私はずっと声をあげて泣き続けていた。
いつも抱きしてめくれたお父さま。共に過ごしてくれたルイナード。
一度に大切なものをふたつも失ってしまった私は、生きていることさえも辛かった。
けれども、そんなバラバラになりかけた私の心を繋ぎ止めてくれたのは、間違いなく、マーシーだった。