皇帝陛下、今宵あなたを殺害いたします―復讐するのに溺愛しないでください―【コミカライズ原作】
そのまま不安因子を取り除くために、ホール内をゆっくり歩いた。
貴族同士の駆け引きや、庶民に対する牽制などが飛び交うものを想像していたけれど。グラスを片手に談笑している人も、ダンスをしてる人もみんな。参加者はとても楽しそう。
言い方は悪いかもしれないが、上流階級が出席しているとは思えないほど、和気あいあいとした雰囲気だ。
仮面を被ることでプライドが剥がれ、素性を明かせないことで変に気取る必要もない――ということか。
つまり、これがマーシーに言いたかった『掟を守らなければならない理由』ということなのね。
ホール内の一周終える頃には、楽団は第1幕の演奏を終えていた。
鳴り止んだあとに訪れる静かな空間は、なんとなく私を憂鬱な気分にさせる。
もうそろそろ帰ろうかしら。
ここにいても、ただ嫌なことを思い返すだけだし。
そんな頭で食事スペース横、グラスを揺らしひとり佇んでいたそのときだった。
『こんばんは、美しいお嬢さん』
声の方を見ると、頭ふたつ分高いそこから、美しい折柄のジャケットを羽織った、体躯のいい男がこちらを見下ろしていた。
なぜだか⋯⋯目が、離せなかった。
『おひとりですか?』
一瞬だけ感じた既視感は、気のせいだと⋯⋯
このときは、思ったの。
漆黒の瞳が甘く輝く――その男は現れた。
この出会いが、私の運命を変えたの―――