秘密の子育てだったのに、極上御曹司の溺愛から逃れられない
 私もすぐに突き返そうと声を上げるけれど、神田さんは振り返ることもなく行ってしまった。あっという間に遠くなる黒い背中を目に、私は名刺を握りしめたまま立ち尽くす。私の心の中を、風と空虚さが通り抜けた。

 私は、彼の名前と肩書が記されている名刺に視線を落とす。もう姿は見えないというのに、文字を目にしているだけで十分すぎる悲しみが身体中を迸った。

 相良さんは、私が助けを求めればきっと必ず助けてくれる。だからこそこれ以上彼に迷惑をかけたくなかった。守りたいと思う気持ちと同じくらい、相良さんには幸せになってほしい。
 
 私、これで間違っていないよね。

 今朝の恵麻の笑顔が頭に浮かぶ。

 力が入って少し折れ曲がったそれを、私は帰り道にあったごみ箱へと捨てた。
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