秘密の子育てだったのに、極上御曹司の溺愛から逃れられない
 優しい愛情に包まれ、何度も心が揺らぐ。このままそばにいるとそのうち彼の背中に手を回してしまいそうだと怖いのに、最後の踏ん切りがつけられなかった。

 すべてが終われば、今度こそ相良さんとは二度と会わない。もうあの温かく、力強い腕に抱きしめられることもないのだ。

 そう実感すると、想いがひしひしと身に沁みて涙が込み上げてくる。私はそれが溢れる前に指で拭った。

 呼吸を整えようと、ふうっと肩で息をしたそのとき。玄関のほうでわずかに物音がした。

 私は勢いよく立ち上がり、玄関へ向かう。リビングのドアに手をかけようとしたところで、先にドアが開いて相良さんの姿が目に入った。

「相良さん、おかえりなさ――」

 私が言い終える前に、相良さんにかき抱かれる。

 彼の腕には痛いほどに力が込められていて、引き寄せられた私のかかとは浮き上がった。

 相良さんはなにも言わない。彼の胸もとに押しつけられた私の耳に、小さな鼓動が伝わってきた。
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