秘密の子育てだったのに、極上御曹司の溺愛から逃れられない
「本当だ! すごいね、恵麻。ちゃんと上手に履けてる。出しておいたのを見つけて先に履いておいてくれたの?」

 私が屈んで目の前の柔らかな頬っぺたをぐりぐりと撫でると、恵麻は「うん!」と元気にうなずき、誇らしげに声を立てて笑う。その様が堪らなくかわいらしくて、私はふっと口もとを綻ばせた。

 愛おしい。この子は私のなにより大切な宝物だ。

 胸の中が温かな感情に包まれたのもつかの間、先ほどまでの慌ただしさを思い返してはっとする。

「そうだ恵麻。もう行かないと」

 恵麻にコートとスヌードを着せ、さらにニット帽と手袋で完全防寒したあと、保育所の用意を詰めたリュックと自分の荷物を手に取った。

 恵麻に靴を履かせ、恵麻が生まれた頃から住んでいる古いハイツの玄関ドアを開ける。

 風が目を覚ますような冷たさで吹きつけていた。身を縮められる寒さに、足もとから「きゃっ」と楽しんでいるような高い声が聞こえてくる。

 私は玄関の鍵を閉めつつ笑みをこぼす。恵麻の手を取り、私たちはハイツからの最寄り駅に向かって歩き出した。
< 2 / 213 >

この作品をシェア

pagetop